アラフォー女の人生設計

独身をこじらせた女が、人生そして仕事への向き合い方を綴ります

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【 堂々巡りでも考え続けてみる 】

   

今日は文化の日なので、っていうわけでもないけど
外を散歩しながら、昨日気になった、
とあるツイートの答えを導き出そうとしてみました。
 
とあるツイートとは、有名ブロガー?の
ちきりんさん(@InsideCHIKIRIN)の「幸せ」についての考察。
以下、引用。
 
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100歳まで健康に生きてる人の特集を見てる。
健康寿命を延ばすための方法はもはや明らかすぎ。
「バランス良く腹八分目に食べて毎日運動する」、それだけ。
世の中これだけ答えが明らかなことが
なぜ延々と注目されるのか不思議なくらいよね。
いくら探してもこれより良い答えはたぶん誰も見つけられない。
 
これ、なんで難しいかというと、人間は「ずっと先の幸せ」のために
「今日の快楽」を我慢することができないからなんだよね。
このことも学問的には証明されてるんだけど、だからといって
一生我慢して最後に幸せで、それでいいのか、とかいう話になり、
話は振り出し(哲学)へ戻る。
 
「そんなに幸せになれなくてもいいから、めっちゃ不幸になるのは避けたい」
と思ってる人って多そうじゃない?なんでなのかな。
 
みんなと同じがいいからかな。
すごく幸せ、も、超不幸、も人とは違うっていう状況だからね。
 
*****
 
ここ数年、自分の幸せとは何か?みたいな事を真剣に考える時間が増えてきて、
それはきっと年齢的に人生の折り返し地点に差し掛かっているせいもあるのかもしれない。
でも、年齢に関係なく、皆誰しも幸せな人生を送りたいと思っているはず。
 
私の本音は「今も最後も可能な限り幸せを感じたい」
 
幸せの種類によっては、「今日の快楽」を我慢したからといって
先々の幸せが約束されているわけじゃないから、
どこまで我慢を続ければ良いのか?って考えてしまう。
そして、このまま我慢や挑戦を続けても幸せになれない可能性が高くなってきたら、
どこで我慢をやめる折り合いをつけるのか?とか。
 
結局のところ、自分の気の済むまでやればいいのでは?って
考えに行き着きそうになるのだけど、その結果「超不幸」になるのは嫌で。
幸せを追い求めた結果なんだからって受け入れられるほど人間ができてない。
 
そういうのもあって、ちきりんさんが言う
『「そんなに幸せになれなくてもいいから、めっちゃ不幸になるのは避けたい」と
思ってる人って多そうじゃない?』
の考えに流れそうになってしまう。
 
ここ数ヶ月、今までの人生の中で一番底辺な状況で。
ああ、ここが一番の底かなぁなんて思っていたら、
翌月はもっと下に沈んで、まだ下があったのかーって。
その連続。
これは「超不幸」なのか?
 
皆さんはどういう考えなんだろうか?
幸せになるために、何かを我慢している人
幸せになるために、何かを我慢した人
我慢した結果、幸せになれた人、なれなかった人
こういうことを話せる人が周りにいたら、
結論めいたものが見えてくるのかな?

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