アラフォー女の人生設計

独身をこじらせた女が、人生そして仕事への向き合い方を綴ります

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【ナゼナゼ病発症】

      2016/10/12

悪い癖なのか、悶々と色々考えてしまい、色々思い巡らすのですが、自分は、
 
「言葉を大切に、丁寧に扱いたい」
 
と思います。
それは実際口に出すことも、文字として綴ることもどちらも。
 
かくいう私は、小学生時代の通信簿に「物言いがキツすぎる部分があるので気を付けましょう」なんて書かれていたこともあり。
その当時は低学年でしたし、何も考えてなくて、ましてや自覚もなく、先生に対してというよりも、同級生に対しての言動がキツくて、おそらく相談とかあったのだろうなあと思うわけですが。
 
そんなこんなを経て、今は自分の考えを伝えたり、分かって欲しい時ほど、丁寧に、持ちうる限りの語彙を尽くしていかなくてはと思うのです。
もちろん、心の中ではとてもじゃないけど口に出して言えないような思いが浮かぶこともあります。口に出したい衝動もある。
それは誰でもだと思います。
それを、思うままにドバーーーッと吐き出す人もいれば、飲み込む人も、自分だけの日記に認める人もいるでしょう。
そこは自己判断で、好きにやって良いと思うのです、本当に。
 
ただ、言葉って出したら戻せないんですよね。
出さなかったことにできない。
書いた文字も、バカ=バカ だし、死ね=死ね なんです。
その裏に、違う思いが含まれていても、理由を後付けても、まずは文字面の通りに伝わるわけです。
その後、言ってしまったことや書いてしまった内容について謝ることは出来る。
でも、どう逆立ちしても、相手に言い放った言葉は戻せない。
書いて、一旦相手に伝わってしまった記憶も消去できない。
(謝ることを否定しているわけじゃないです。)
ただ、後で謝ればいいのを前提で、雑な言葉を使うのは違うな、と思います。
だったら、言う前、書く前に考えようよ、と思うのです。
 
これが友人同士だったり、気心の知れた者同士なら違ってきますよね。それは当事者同士でお好きにどうぞなのですが、どこでそれをやるのか?の場所は考えたい。
親しい人も、全く知らない人もいる、不特定多数の人が目にする耳にする場なら尚更です。
 
なんか、とりとめのない内容になってしまったけど、そんなことを思う秋分の日の朝でした。 
「ら抜き言葉」を使う人も正しい日本語を使う人を上回ったそうです。
受け入れがたい気持ちが強いのですが、言葉は変化するもの。
先人の方々は、言葉の移り変わりをどのように受け止めていったのでしょうか。。。

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